新工場の操業という激動の平成24年も無事終わり、新しい年がいつものように
ゆっくりと始まるにあたり、今年はめずらしく高校の同窓会に行ってきた。
ほとんどが高校卒業以来会ってないメンバーばっかりなんで19年ぶりの再会と
いうことになるようで、、、全く変わってないのもいれば、見ても分かんない
のもいて月日の流れを感じるという意味でいい時間を楽しみながら、当時のこと
を少し思い出してみた。
新設の進学校で4回生で入学した自分らは、学校が準備するものすごい量の年間
カリキュラムの中で、その枠組みのもとほとんどの所謂いい生徒は一心不乱に、
自分みたいなちょっと出来の悪い生徒はところどころ手を抜きながら、終わり
ごろには自分の中でカリュクラムを消化して調整しながら(いい悪いは別として)
、、、何はともあれ3年間を大学進学という一つの目標に向かって、全うに受験勉強
に取り組んだ。
後にも先にも人生37年少々の中で、これだけ規律正しく自分の行動を律して、
時間的にも、精神的にもある一定の枠組みの中で活動した期間というのはなかった。
結果だけ言えば、ある程度において重要な人生の進路を決定する大事な期間に、
そういう体験を知らず知らずにさせてもらえたことはありがたかった。
もし、その体験がもっとあとの大学とか社会人になってからとかであったなら、
いろんな雑念や思惑や主観が入り込んで、素直にそのカリキュラムに従えなかった
ようにも思われるから。。今にして思えば、教育にしろ人生にしろ、、難しいと思う
ところは、そのカリキュラムに従いながらも、それが無くなった環境において、
自分でどう判断し、どう決断することができるのか、その部分を常に意識しながら、
今は与えられた環境に身を置いているということを客観的に見れてるかどうかにある
ような…
当時の自分がこんなことを考えていたかどうかはさておき、今回の同窓会には、
先生方も参加されており、それこそ当時の新設校のあるべき姿の設計から運用、
どんな思いで指導をされていたのかなんかを思いがけず聞くことができた。
新しい物を作り上げるということは、そこに誰かの想いがあり、それを形に
するための設計図(カリキュラム)があり、それを落とし込むチームがあり、、
こうなってくると結局学校教育も新工場運用もみんな同じなんだなと、妙に納得。
あまりの課題の多さに多少の反発なんかもきっと覚えていたように思うけれども、
熱い思いの先生方のてのひらの上で、もがきまわる時代なんかがあってもきっと
いい。今思うことは、そんな時代は望んでももう二度と体験できないのだから…